大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)11366号 判決 1988年12月21日
主文
一、被告が昭和六一年一二月六日に行った、一株の額面金額及び発行価格を五〇〇円とする記名式額面普通株式一万八〇〇株の新株発行を無効とする。
二、原告の取締役会決議無効確認の訴を却下する。
三、訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1. 被告の昭和六一年九月一六日開催の取締役会においてなされた「取締役藤井捷之助を代表取締役に選任する」旨の決議は無効であることを確認する。
2. 主文第一項と同旨。
3. 訴訟費用は被告の負担とする。
二、請求の趣旨に対する答弁
1. 本案前の答弁
原告の請求の趣旨第一項の訴を却下する。
2. 本案の答弁
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1. 被告は、昭和三六年九月二七日設立された帽子の製造・販売等を営業目的とする株式会社である。原告は被告の代表取締役であり、株主である。
2. (代表取締役選任決議の無効確認請求関係)
(一) 被告の商業登記簿上、昭和六一年九月一六日開催された取締役会で「取締役藤井捷之助を代表取締役に選任する」旨の決議(以下「本件代表取締役選任決議」という。)がなされ同人が代表取締役に就任したとして、同月二二日同人の代表取締役就任登記がなされている。
(二) しかし、本件代表取締役選任決議は、決議の実態が存在しない無効なものである。仮に取締役会と称する会合が開催されて本件代表取締役選任決議がなされたとしても、右取締役会の招集通知が代表取締役である原告に対してなされておらず、原告も出席していないから右取締役会は不適法であり、やはり本件代表取締役選任決議は無効である。
(三) なお、被告は、藤井捷之助(以下「捷之助」という。)を含む全取締役が任期満了により退任した後新たに株主総会で取締役が選任され、新選任の取締役会で捷之助が代表取締役に選任された以上、本件代表取締役選任決議無効確認の訴は不適法となり、却下を免れない旨主張するが、捷之助は、本件代表取締役選任決議により選任された代表取締役として、次のような被告の業務執行行為を行っており、原告はこれら各業務執行行為の効力を争っているから、右無効確認を求める訴の利益はなお存すると考えるべきである。
(1) 本件新株発行。
(2) 昭和六三年一月二六日の新株発行。
(3) 同年二月一二日に開催された株主総会の招集。
(4) 別紙物件目録記載の建物(被告の本店ビル)について大阪法務局昭和六一年一〇月二七日受付第三五三六七号でなされた、債務者を被告、根抵当権者を阪神相互銀行、極度額を五〇〇〇万円とする根抵当権設定登記の登記手続。
3. (新株発行無効請求関係)
(一) 被告は、昭和六一年一一月一四日開催された取締役会で別紙新株発行要領記載の内容の新株発行の決議(以下「本件新株発行決議」という。)がなされたとして、同年一二月六日、一株の額面金額及び発行価格を五〇〇円とする記名式額面普通株式一万八〇〇株の新株発行(以下「本件新株発行」という。)を行い、捷之助は右新株発行にかかる株式をすべて引受けた。
(二) 本件新株発行の無効原因
(1) 本件新株発行決議の無効による無効
同年一一月一四日の右取締役会については、その招集通知が代表取締役である原告に対してなされておらず原告も出席していないから、たとえ右取締役会が開催されていたとしても右取締役会は不適法であり、本件新株発行決議は無効である。従って、本件新株発行は無効とされるべきである。
(2) 著しく不公正な方法によりなされたことによる無効
被告においては原告と、専務取締役であり、また原告の養子でもある捷之助との間で、人間関係の面においても、被告の業務執行の面においても対立が続いていた。そのような状況下で、捷之助は、原告が昭和六〇年以降長期間入院中であったのを奇貨として、専ら被告の支配権を原告から奪い取ることを目的として、本件新株発行決議を目的とする前記取締役会を、原告に招集通知を出さないまま招集して本件新株発行決議を行い、秘かに本件新株発行を行ったのである。
即ち、被告は、実質上原告が全額出資して設立した株式会社であり、その発行済株式の総数二万一六〇〇株は原告がすべて所有していた。しかし、捷之助は、本件新株発行を行う以前の被告の株主構成を別紙株主一覧表記載のように考えていたのであり、この株主構成によると、捷之助側に立つ捷之助、藤井雅子(捷之助の妻)及び藤井正也(捷之助の異母兄弟)の持株の合計は六〇三〇株となり、発行済株式の二七・九パーセントにしかならない。そこで、捷之助は一万八〇〇株の本件新株発行を行い、それを全部自らが引受けて、捷之助、藤井雅子及び藤井正也の合計持株の発行済株式に対する割合を五一・九パーセントとし、実質上自らが被告を支配できるようにしたのである。
従って、本件新株発行は著しく不公正な方法によりなされたものというべきであるから、無効とされるべきである。
(三) なお、本件新株発行にかかる株式は、すべて無効事由の存在を熟知した捷之助により引受がなされているのであるから、これが無効とされても何ら取引の安全に影響を与えるものではない。従って、本件新株発行が無効とされることに何ら制約は存しない。
二、被告の本案前の主張
被告においては、全取締役の任期満了に伴い、昭和六三年二月一二日、新たな取締役の選任等を目的として株主総会が開催され、捷之助他五名が取締役に選任された。そして、同月一五日開催された取締役会において捷之助が代表取締役に選任された。従って、原告の本件代表取締役選任決議の無効確認請求はもはや訴の利益を欠くに至ったから、不適法として却下されるべきである。
三、請求原因に対する認否
1. 請求原因1の事実は認める。ただし、被告の全取締役の任期満了に伴い、新たな取締役の選任等を目的として昭和六三年二月一二日に開催された被告の株主総会において、原告は取締役に再任されなかったから、原告は現在では被告の取締役ではない。
2. 同2(一)の事実は認める。
同2(二)は争う。被告においては、昭和六一年九月一六日午前一〇時から、原告を除いた捷之助他三名の取締役全員が出席して取締役会が開催され、満場一致で本件代表取締役選任決議がなされた。ただし、右取締役会の招集通知が原告になされなかったこと及び原告が出席しなかったことは認める。
3. 同3(一)の事実は認める。
同3(二)(1)の事実のうち、取締役会の招集通知が原告になされなかったこと及び原告が出席しなかったことは認めるが、その余は争う。仮に新株発行を決議した取締役会の決議に瑕疵があったとしても、その決議に基づき発行された新株は有効と解されているから、原告主張事実は本件新株発行の無効原因とはなりえない。
同3二(2)の事実のうち、捷之助が被告の専務取締役であり、かつ原告の養子であること、捷之助が本件新株発行前の被告の株主構成を別紙株主一覧表記載のとおりと考えていたこと(被告の株主構成は事実そのとおりであり、株式配当金も原告は原告持株分に対する額だけ、その余の株主はそれぞれの持株に対する額の支払を受け、所得税申告もそのようにしていたのである。)、捷之助が本件新株発行にかかる新株をすべて引受けたことは認めるが、その余は争う。本件新株発行は、被告が当時至急資金調達をなす必要に迫られていたところ、他からの借入によりこれをまかなうことは不可能な状況にあったのでなされたものである。
不公正な方法による新株発行というためには、その発行が取締役会の株主総会における多数派工作・経営支配権獲得を目的としてなされ、これによって一部株主が不利益を受ける虞がある場合でなければならないが、原告は被告を経営する意思がないことを表明しているし、事実、原告の<1>被告の主要取引先である三和銀行梅田新道支店に対する取引妨害行為、新たに取引しようとした阪神相互銀行に対する取引妨害行為、<2>被告の銀行取引債務に対する根保証の中止、資金貸与の中止、<3>被告所有建物に対する根抵当権設定及び代物弁済予約に基づく所有権移転請求権仮登記、<4>昭和六一年六月に発した被告の解散を唱った株主総会招集通知、<5>被告の仕入先等に対する悪宣伝、<6>被告に賃貸中の土地をオーテイ商事株式会社に対し譲渡した行為、<7>被告に対する債権の取立、売掛金債権の仮差押等からみて、原告は赤字続きの被告を経営する意思はなく、かえって被告を敵視する数々の行動をとっているから、捷之助が被告の経営権獲得の意図など毛頭有しないことは明らかであるし、また、本件新株発行によって原告は不利益を被っていないから、本件新株発行は不公正な方法による新株発行に該当しない。仮に本件新株発行が不公正な方法による新株発行に当たるとしても、それは商法二八〇条ノ一五所定の新株発行の無効原因にはならない。
同3(三)は争う。
四、抗弁
1. 権利濫用、信義則違反
(一) 被告は、いわゆる小規模閉鎖会社であって、設立以来正式の株主総会や取締役会が開催されたことはなかった。原告は被告の設立以来代表取締役に就任しているが、取締役ないし代表取締役の選任、原告に対する多額の役員報酬の支払、原告の所有土地(大阪市東区石町一丁目五番宅地三一二・九二平方メートル)を被告の本店ビルの敷地として被告に賃貸して被告から賃料を収受し、あるいはその地代を増額する等の取締役たる原告と被告との間の取引行為等に関しても、法律で要求されている株主総会ないし取締役会の決議や承認がなされたこともない。
(二) 捷之助は原告の養子藤井春喜(原告の兄の子。その妻喜美子は原告の妻花の妹。喜美子も原告の養子。)の子であり、昭和一四年に出生して以来父母とともに原告と同じ家屋で起居を共にしてきて、昭和四五年原告のすすめで被告に入社し、昭和四九年ころ専務取締役となり、更に、昭和五一年には原告と養子縁組をしてその養子となり、原告とは互いに深い信頼関係にあったものである。
(三) 原告は九四歳の高齢で、昭和四五年ころから一週間に三日くらい被告に出社するのみで、しかも度々入院を繰返し、昭和六〇年三月以降老人性肺結核で入院し続け、全く被告に出社していないし、また、出社することが不可能な状態にある。この間被告の業務執行は、専ら専務取締役である捷之助が被告の代表者印を預り、被告を代表して行ってきた。従って、捷之助は、従前より事実上被告の代表者として活動していたものであり、原告も昭和五五年ころから度々捷之助に対して「お前が社長になれ」と言っていた。
(四) 原告は、もはや赤字続きの被告を経営していく意思を放擲して、被告を解散することを望んでいる。そして、被告の営業活動を困難たらしめるため、捷之助が本件代表取締役選任決議により代表取締役に選任された後、同人が被告の代表者として取引銀行と取引するのを妨害したり、被告の仕入先に対し被告の信用にかかわる悪宣伝をする等、数々の被告に対する敵対行動に及んでいる。本件訴訟も専ら被告を潰すための手段として行っているのである。
(五) 以上(一)ないし(四)の諸事情に照らすと、原告が取締役会招集手続上の些細な瑕疵等をとらえて、本件代表取締役選任決議の無効確認請求及び本件新株発行の無効請求を行うのは権利の濫用であり、信義誠実の原則に反するものであって、許されない。
2. 決議の結果に影響を及ぼさない特段の事情(請求原因2、3(二)(1)関係)
本件代表取締役選任決議及び本件新株発行決議は、いずれも原告を除く被告の取締役四名が全員出席した取締役会において、その全員一致の決議によりなされたものである。従って、たとえ原告が取締役会に出席して反対していても、その結果に何ら影響を及ぼすことがなかったのであるから、本件では、原告に対する取締役会の招集通知がなされなかったという瑕疵が右各決議の結果に影響を及ぼさないと認められる特段の事情があるというべきである。
3. 取締役会決議の追認(請求原因2、3(二)(1)関係)
被告においては、昭和六二年九月二二日取締役会が開催され、本件代表取締役選任決議及び本件新株発行決議をいずれも追認する旨の決議がなされた。従って、右各決議の瑕疵はいずれも追認により治癒された。
五、抗弁に対する認否
被告主張抗弁はすべて争う。もっとも、抗弁1(一)及び(二)の事実は認める。ただし、本件代表取締役選任決議や本件新株発行がなされた当時においては、既に原告と捷之助間の信頼関係は完全に崩壊していた。
六、抗弁3に対する再抗弁
昭和六二年九月二二日に開催された取締役会の招集通知には、会議の目的事項として、「(1)藤井音次郎氏の当社(被告)に対する取締役会決議無効確認の訴訟二件について、当社を代表する者を選任する件。(2)その他重要事項について。」と記載されている。このように会議の目的事項を限定して招集通知がなされた場合には、そこに記載されていない事項、殊に代表取締役の選任や新株の発行というような会社にとって最も重要な部類に属する異例な事項についての決議は行うことができない。従って、右取締役会における本件代表取締役選任決議及び本件新株発行決議の追認決議は無効である。
七、再抗弁に対する認否
取締役会の招集通知に、会議の目的事項が原告主張のように記載されていたことは認めるが、その余は争う。
第三、証拠<略>
理由
一、被告が昭和三六年九月二七日設立された、帽子の製造・販売等を営業目的とする株式会社であり、原告が被告の株主であるとともに、昭和六三年二月一二日まで被告の代表取締役であったことは、当事者間に争いがない。
二、本件代表取締役選任決議の無効確認請求について
証人捷之助の証言及びこれにより真正に成立したと認められる昭和六一年(ワ)第一一三六号事件(以下、同じ。)乙第七、第八号証、成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証によれば、被告においては、昭和六〇年七月二七日重任された捷之助を含む全取締役の任期二年の満了に伴い、昭和六三年二月一二日に新たな取締役の選任等を目的とする株主総会が開催され、捷之助他五名が取締役に選任されたこと、更に同月一五日右新任取締役による取締役会が開催され、捷之助が代表取締役に選任されたこと、原告が無効確認を求めている取締役会決議で選任された代表取締役は現存していないことが認められる。従って、右の事実がある以上、被告の昭和六一年九月一六日開催の取締役会における捷之助を代表取締役に選任する旨の決議(本件代表取締役選任決議)の無効確認を求める訴は、特段の事情がない限り、もはや訴の利益を欠くに至ったものというべきである。そして、本件取締役選任決議の無効が原告が請求原因2(三)の(1)ないし(4)で主張するような行為の効力に影響も及ぼすというのであれば、原告は、それらの行為の効力を争う訴訟において本件取締役選任決議の無効を無効原因として主張すれば足ることであって、本件取締役選任決議の無効確認請求訴訟を維持する必要はないから、請求原因2(三)の事由は右の特段の事情に当たるとはいえないし、また本件全証拠によっても右の特段の事情に当たるような事由は認められない。なお、原告は本件新株発行前の被告の発行済株式の総数二万一六〇〇株全部を所有していた旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない(成立に争いのない乙第二号証(原告主張のとおりであればこのような書面を原告が出すはずがない。)、証人捷之助の証言及び弁論の全趣旨に照らし、右原告主張はとうてい認めることができない。)。
よって、原告の本件代表取締役選任決議の無効確認を求める訴は、訴の利益を欠くので、不適法として却下を免れない。
三、本件新株発行の無効請求について
1. 請求原因3(一)の事実は、当事者間に争いがない。
2. そこで、原告の請求原因3(二)(2)の無効原因(著しく不公正な方法によりなされたことによる無効)の当否について判断する。
成立に争いがない甲第一号証、乙第一、第二号証、証人捷之助の証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
被告は、原告が従前経営してきた個人企業を法人化して昭和三六年九月二七日設立した帽子の製造、販売等を営業目的とする株式会社(本件新株発行前は発行済株式の総数二万一六〇〇株、資本の額一〇八〇万円)で、設立以来原告が過半数の株式を有し唯一の代表取締役に就任していたいわゆる原告のワンマン会社であった。捷之助は原告の養子藤井春喜の子であるとともに、昭和五一年に妻雅子と共に原告と養子縁組をしてその養子となったものであるが、昭和四五年被告に入社し、昭和四九年ころから専務取締役として被告の経営に参画してきた。原告は、明治二六年生まれの高齢であり、昭和五〇年ころから病気勝ちとなって幾度も入退院を繰り返し、殊に昭和六〇年一二月以降は入院し続けたままであって、被告に出社していない。そのようなことから、その間捷之助が次第に被告の営業実務を中心となって担当するようになり、原告が入院したきりの状態になってからは専ら捷之助が被告の業務全般を取りしきっている。原告は、捷之助が被告の営業実務を中心となって担当するようになった頃から被告の営業成績が不振で赤字続きであったこと等にかねてより不満を募らせ、被告の経営能力に強い疑念を抱くようになっていた。そういうこともありお互の感情の行き違い等が重なり合って、昭和六〇年ころから原告と捷之助の間柄は次第に不仲となり、遂には昭和六一年六月お互に相手方を非難し合ったあげく、捷之助が原告に反抗して被告の銀行に対する約九〇〇〇万円の借入金につき個人的に責任をとって原告が弁済するよう求めたことから、両者の仲は増々険悪になった。原告はそのころから被告を解散することを考えるようになり、被告の解散の件を会議の目的とする同月三〇日付の株主総会招集通知(乙第二号証)を捷之助ら株主に出すなどしたため、捷之助は原告が株主総会を招集し被告の解散決議をしたり、捷之助を取締役から解任する決議をするおそれがあることを切実に感じた。そのような状況下において、捷之助は、同年九月一六日を開催日として、自らの代表取締役選任決議をなすことを目的とする取締役会を招集し、当該取締役会において本件代表取締役選任決議がなされて同人が代表取締役に就任したが、同人は右決議に当然反対すると思われる原告に右取締役会の招集通知を出さず、その開催を知らせなかった。更に、捷之助は、新株発行決議をなすことを目的として同年一一月一四日を開催日とする取締役会を招集し、当該取締役会において本件新株発行決議がなされたが、同人はやはり右決議に反対すると思われる原告に右取締役会の招集通知を出さず、その開催を知らせなかった。そして、右取締役会決議に基づき、同年一二月六日本件新株発行がなされた。
捷之助は、本件新株発行を行う前の被告の株主構成を別紙株主一覧表記載のとおりと考えており、右株主構成によると原告の持株数が発行済株式の過半数を占める反面、捷之助側に立って株主権を行使することを期待できる捷之助、藤井雅子(捷之助の妻)及び藤井正也(捷之助の異母兄弟)の持株の合計が発行済株式の二七・九パーセントにしかならないことから、このままでは原告が、株主総会で被告の解散決議をしたり、捷之助を取締役から解任する決議をすることも阻止することは全く不可能であった。ところが、捷之助が本件新株発行にかかる新株をすべて引受けると、これによって捷之助、藤井雅子及び藤井正也の持株の合計が発行済株式の五一・九パーセントとなるため、新株発行後においては、その立場は全く逆転し、原告は会社設立以来掌握し続けてきた被告に対する支配権能を喪失させられることになる反面、捷之助が被告に対する支配権能を新たに取得することになる。
被告において、本件新株発行当時、殊更に新株発行により資金を調達しなければならない特段の事情があったとは認められない(真実被告に新株発行価額合計五四〇万円の資金需要があったのであれば、わざわざ新株発行という面倒な手続をとるまでもなく、捷之助がその五四〇万円を被告に貸与すれば簡単に解決できることであり、事実とこれまで被告に必要資金が不足した場合はすべて原告がその不足資金を貸与金という形で被告に導入していた。)。
以上本件新株発行に至るまでの経緯、本件新株発行のなされた状況及び本件新株発行の内容等を総合勘案すると、本件新株発行は、原告と不仲となって対立しその信を失った捷之助が、被告の株主総会で同人の取締役の地位を失わせ、あるいは被告を解散するような内容の決議がなされることを恐れて、それを阻止する目的をもって、専ら、原告から被告の支配権を奪い取り自らが実質上の多数株主となるために、原告に本件新株発行決議を目的とする取締役会の招集通知をしないで、原告に秘したまま強行したものと推認せざるをえない。また、本件新株発行にかかる新株はすべてその発行を計画した捷之助によって引受がなされているから、株式取引の安全保護のために本件新株発行を無効とすることを特に制限すべき事情も存しない(本件新株発行を無効としても株式取引の安全を害さない特別の事情がある。)。
従って、請求原因3(二)(1)の無効原因(本件新株発行決議の無効による無効)の当否について判断するまでもなく、本件新株発行には、著しく不公正な方法によりなされたことを原因として無効とされるべきである。なお、通常一般的には著しく不公正な方法による新株発行が商法二八〇条ノ一五の無効原因とならないのが原則であるとしても、被告のような小規模閉鎖会社において、創業以来の代表取締役が病気入院中、会社の支配権を奪取することを目的として、前記の経緯でなされた本件新株発行は、これを無効とすべき特別の事情があると認めるのが相当である。
3. 被告が抗弁1において主張する諸事情は、たとえこれらが認められたとしても、原告の本件新株発行の無効請求を権利濫用ないし信義則違反たらしめるものではない(被告が抗弁1(四)で主張する。原告の被告に対するいわゆる敵対行動は、いずれも捷之助が原告の意に反し無断で本件代表取締役選任決議を強行したため原告と捷之助の対立が決定的となった以後のことであるから、これをもって原告の本件新株発行無効請求が権利濫用ないし信義則違反に当たるとはとうていいえない。)。その他本件全証拠によっても、原告の本件新株発行無効請求を権利濫用ないし信義則違反たらしめる事情は認められない。
従って、被告の抗弁1は理由がない。
四、以上によれば、原告の本件新株発行無効請求は理由があるからこれを認容し、取締役会決議無効確認の訴は不適法であるから却下し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。
物件目録
所在 大阪市東区<編集注・以下略>
家屋番号 五番
種類 事務所
構造 鉄筋コンクリート造陸屋根
五階建
床面積 一階 一二〇・四〇m2
二階~五階 各一三〇・二九m2
新株発行要領
発行する新株式 記名式額面普通株式一万八〇〇株
発行価額 一株につき五〇〇円
払込期日 昭和六一年一二月五日
払込取扱銀行 阪神相互銀行船場支店
募集の方法 直接公募とするが、その具体的方法、引受のない株式の処理は代表取締役藤井捷之助に一任する
株主一覧表
原告 一万三五〇〇株
藤井捷之助 三二〇〇株
藤井正也(捷之助の異母兄弟) 二三〇〇株
岩井勝二郎 八〇〇株
藤井雅子(捷之助の妻) 五三〇株
栗原帽子株式会社 五〇〇株
山林清一 四七〇株
喜多基 一〇〇株
中川勇 一〇〇株
酒井弘喜 一〇〇株
以上合計二万一六〇〇株